好きになんか、なってやらない
 
「お前、人を痴漢扱いしただろ」


他の人には聞こえないような、低い声でつぶやかれた言葉。

目線だけ向けると、じとっと私を睨む岬さんがいる。


「べつに。事実を伝えただけです」
「嘘つけ。お前だって跳ね除けようとしなかったくせに」
「飲みすぎて力が入らなかっただけです」


適当な嘘を並べ、さっきの自分の気持ちをごまかした。


跳ね除けなかったんじゃない。
跳ね除ける気力がなかっただけ。

あんな腕、さっさと解放されたかったんだから……。


「お前、ほんと可愛くねぇよな」
「それが本音ですか?」
「あ……」


ぽろりと出てきた、いつもとは逆の言葉。

いつもは、簡単に人のことを「可愛い」だの「好き」だの言っている。
甘い声に甘い顔をして、人を誘惑するように……。

だけど今真横にいるのは、まったく逆の、人をジト目で睨み、軽く暴言まで吐く岬さん。


腹立つ。
イラつく。

だけど……



「私、今の岬さんのほうが結構好きですよ」




憎めないし、逆にスッキリするのは、どうしてだろう……。
 
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