好きになんか、なってやらない
 
「ムカつくなら、近くに来なければいいじゃないですか」
「いいの。暇つぶしだから」
「最低っ……」


やっぱりこの男は最低だ。

さっき、理由はどうあれ「好き」と言ってしまったことを後悔する。



《この先、大きく揺れますので、お立ちのかたはご注意ください》



そんなアナウンスが流れていたことに、気づくよしもなく、満員となった電車のど真ん中で私たちは立っていて……



ガタンッ……!!


「おわっ……」
「きゃっ……」



いがみ合いを続ける私たちに襲う、大きな揺れ。

咄嗟に彼にしがみつき、彼も体勢を崩して軽く倒れこんでしまい……



「!!」
「!!」



重なり合う唇。

ほんの一瞬だけど、時間が止まってしまったかのようにも感じるその一瞬。




「あ、ちゅーしちゃった」

「さ……最悪っ!!」




私の声は、車内に鳴り響いた。



今日は人生最悪な日。

世界で一番大嫌いな男と、キスをしました。
 
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