好きになんか、なってやらない
6章 小さな灯り
「……」
「こらこら。無言で立ち去るな」
休憩室。
一息つこうと踏み入れたそこには、すでに先客の姿。
岬さんが椅子にもたれかかりながら、コーヒーをすすっていた。
今は必要以上に関わりたくない。
すぐに立ち去ろうとした私の腕は、そんな岬さんの手によって制された。
「そこまで露骨に避けなくたってよくね?」
「それくらいしないと、身の危険を感じるので」
「まだ怒ってんの?昨日のキス」
「……」
しれっと言ってのけた一言。
キス……。だなんて認めたくない。
あんな不本意な一コマ。
「事故で起きた一瞬だろ。気にしすぎ」
「……岬さんにとってキスなんてたいしたことないかもしれないけど、私にとってはっ……」
簡単に言われたその言葉に、カチンと来て言い返してしまった。
声色が変わった私を、岬さんは少しだけ驚いた表情で見返していて、
「あ、もしかして初めてだったとか……?」
「そんなんじゃないです」
「だよな。25にもなって」
確かに初めてでもない。
25歳になった今、一応は一通り経験だってある。
まあ、ここ数年、なんにもないけど。
でも問題はそうじゃなくて……
「だから、その考え方が嫌いなんです」
キスをただの事故としてしか捉えていない、その思考が嫌だった。