好きになんか、なってやらない
 




結局止まなかったか……。


雨が止むのを待ちながら、必要以上に仕事をして、遅くまで残っていた。
だけどそんな残業時間は虚しく終わり、雨が止むことはない。

すでにほとんどの人が帰っていて、人が少なくなったエントランスで夜空を見上げた。


「はぁ……」


思わず漏れたため息。
覚悟を決めるしかない。


「伊藤さん、今帰り?」
「あ……はい」


後ろからかけられた言葉。
振り返ると、そこには川辺さんがいた。


「傘は?ないなら入ってく?」
「え?」


川辺さんは、大きめの黒い傘を持っていた。
おそらく、ちゃんと天気予報を見て、朝会社へと持ってきたんであろう。

二人入るには十分すぎる大きさ。
だけどやっぱり、入れてもらうには抵抗がありすぎる。

だってこの前、


(俺は別に、そんな地味な子、興味ねぇから)


人を、飲みにだったり、家にだったり誘っておきながら、あんな言葉を吐いていた人だから……。
 
< 61 / 301 >

この作品をシェア

pagetop