好きになんか、なってやらない
 
「間に合った……」


荒く吐いた息の合間に聞こえた一言。


「間に合ったって、何がですか?」
「え?……べつになんでもねぇよ」


その一言の意味が分からず、聞いてみるとなぜか取り乱す岬さん。

だけどそんなに慌てて、いったいどうしたって言うんだろうか……。


「どうしたんですか?何か忘れ物ですか」
「そー」
「まだフロアには数人残ってるから、開いてますよ」
「……」


そう声をかけても、エレベーターホールに向かおうとしない。
岬さんは、息を整えながら、ただ私の前に立ち尽くしてる。


「……なんですか?」
「ほら。帰るぞ」
「え?」


あまりにも突然の誘い。

いやいや。全然意味が分からないんですけど。


「忘れ物は?」
「だからいるじゃん。目の前に」
「え?………私?」
「それ以外、何があるっての?」
「え、でも……」


やっぱり、全然意味が分からない。
なぜ私が忘れ物なんだ……。
 
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