シーサイド・ティアーズ~潮風は初恋を乗せて~

再び山で

 かなり薄暗くなってきた頃、私たちはようやく、昼間に見た分かれ道までたどり着いた。
 車はあの駐車場に止めてある。
 そしてなぜか、ショウ君が用意した長袖長ズボンを着させられた私。
 そんなに山深い道を行くんだろうか。
 すでに、辺りにはけっこう草木が多いけど。
 そんなに高くないとはいえ一応、山に登っているわけだから、当然かな。
「やっとここまで来られたな。しっかり懐中電灯も持ってきてるから、安心しろよ」
 ショウ君はバッグを指差して言った。
「星を見せてくれるの?」
 私が聞くと、ショウ君は「それもある。まぁ行ってのお楽しみ」と答える。
「じゃあ、行くぞ。しっかりついてこいよ。何かあったら、すぐに俺に知らせろ」
 元気よく歩き出すショウ君の後ろを、私は慎重についていった。

 数十分歩いたところで、ショウ君が言う。
「もうすぐ着くぞ」
 え?
 何だか、ちっとも山頂近くって感じがしないんだけど……。
 辺りはますます暗さを増している。
 私たちのいるところは、少し開けた広場のような場所だったけど、周囲には草木が鬱蒼と生い茂っており、いかにも山の中といった印象はそのままだった。
 どこからか、ちろちろと水の流れる音が聞こえている。
 川が近くにあるんだろうか。
「すぐそこだ」
 ショウ君は、ずんずん歩いていく。
 何があるのか知りたい好奇心から、私も歩くスピードを速めてついていった。
 そして―――。
 私は見た。
 川辺を飛び交うホタルの群れを。
「わぁ、綺麗!」
 かなり暗さを増す周囲のせいで、ホタルたちの光は際立って見えている。
「俺たち、場所はここじゃないけど、幼稚園時代にもホタルを見たことあるんだぜ」
 そういえば……うっすら記憶はある。
 おぼろげな記憶が。
「うん、おぼろげながら、覚えているよ」
「あのときも雫は相変わらずで、『触っちゃダメだよ。かわいそうだから』みたいなことを言ってたっけ。俺だって、捕まえたり触ったりするほどのバカじゃないのに」
 口を尖らせるショウ君。
「そういう意味で言ったわけじゃないと思うよ……」
「すごく雫らしかったな、あれは。良い想い出だよ」
 ショウ君は目を閉じて言う。
 思い出してくれてるんだろう。
 私だって、ホタルのことははっきり覚えていないものの、他のたくさんの想い出はしっかり覚えている。
 大事な大事な想い出。
 そして今、ショウ君と再び、想い出作りを再開してるんだ。
 すごく感慨深かった。
「空も見てみろよ」
 ショウ君の言葉に、私は空を見上げる。
 暗くなってきている空には、たくさんの星が輝いていた。
「わぁ~!」
 思わず感嘆の声をあげる私。
「プラネタリウムで勉強したこと、覚えてるか? はい、ここで問題。『夏の大三角』を形成する星を全て答えなさい」
「え~? いきなり問題やめてよ」
「まさか……一つも覚えてないのか?」
 うう……正直、覚えてない。
 白鳥座の……何だっけ。
「星の名前は忘れたけど、白鳥座の星が含まれてることと、残り二つは織姫様と彦星様だってことは覚えてる!」
「自信満々に言われてもなぁ。結局、名前は一つもあがってないじゃん」
 ぐうの音も出ない私。
「正解は……白鳥座の『デネブ』と、こと座の『ベガ』、わし座の『アルタイル』だ。雫の言う織姫は『ベガ』、彦星は『アルタイル』だぞ。覚えておくように」
「ショウ君先生、分かりました~」
 ショウ君、頭もいいんだ……。
 記憶力も良いことがわかって、すごいなぁと思った。
 それに引き換え私って……。
 頑張ろう……。
「分かればよろしい。それで、今はベガしか見えないな。ほら、あそこ、てっぺんにある一番明るいのがベガだ」
「織姫様?」
「そうそう。お、雲の隙間から少し見えたな。その左下にあるあれがデネブだ。あと、それらよりも右下に、アルタイルがあるはずだけど……今日は雲に隠れているな」
「そっかぁ、残念」
「確かに、ここだと星が綺麗だけど、別に『夏の大三角』を見るだけなら、別荘でもどこでも、普通に見られるぞ。後でまた見てみようぜ」
 それもそっか。
 ここじゃなくちゃ見られないわけじゃないもんね。
「まぁ、ここのほうが綺麗には見えるだろうけどな。しっかり満喫しておけよ。ここまで来るの、大変だっただろ」
「たしかに……」
 私はまたゆっくりと、夜空を仰いだ。
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