シーサイド・ティアーズ~潮風は初恋を乗せて~
「俺が蓮藤と入れ替わり、この島を案内する………と見せかけて、俺の記憶に鮮明に残っている俺たちの忘れられない想い出を、雫の前で見せていくわけだ。そこで、雫が何らかのリアクションを起こすかと思ってな。ところが、実際は雫のリアクションが薄く、忘れられてると俺は思ったぞ」
「え? 具体的には、どんなことをしてたっけ」
「ヒマワリ畑で種を食ったり、自転車に乗ってよろけたり、宝貝を探しにいくように磯へさりげなく誘ったり、とっておきの場所と言って秘密基地へ連れていったり……色々してただろ! 俺の苦労は、いったい何だったんだ」
 残念そうにしながらも、口元を緩ませるショウ君。
「まぁ、雫らしいけど」
「どういう意味~?」
「それはともかく、俺も迂闊だったな。まず、すぐ気づくべきだった。そいつの名前が翔吾ってことに。気づいたときは、焦ったぞ。でも、どうしようもなかった。俺って、時々どこか抜けてるんだよなぁ。とんでもないポカをよくやるし」
 うんうん、ショウ君はどこかおっちょこちょいなところもある。
 幼稚園時代からだ。
「ごほん、まぁそれは置いといて。俺の努力は全て、ただ一つの目的のためだ。すなわち、ただ一言でもいいから、雫の口から『ショウのことをどう思っていたか』ということを聞きたかっただけ。直接聞くと、確実に怪しまれるし、こういう回りくどい方法しかなかったってことだ。でも、今となっては、細かいことはどうでもいいよな。雫も俺も同じ気持ちだったって、俺は知ったし、これで十分」
 明るく言うショウ君。
 私は何だか、また目頭が熱くなった。
「おい、なんで泣いてんだよ」
「だって……。分かんない。嬉しいのと、安心したのと……」
「そうか、それならいい」
 ショウ君は優しく抱き寄せてくれた。
 ふと、ドア付近に立ったままの桜ヶ丘さん……じゃなかった、蓮藤さんに目を向けると、居心地悪そうにきょろきょろしている。
「ねぇ、蓮藤さんに椅子を勧めてあげて」
「いやいや、別に蓮藤にもう用はないし。解放してやったほうが、いいと思う」
「じゃあ、早く解放してあげてよ。居心地悪そうだし……」
 すると、蓮藤さんが慌てて言う。
「いえ、決してそういう訳では……」
「蓮藤、気にするな。下がっていいぞ。今回は助かった、感謝する。じゃあ、また明日な、おやすみ」
「身に余るお言葉、ありがとうございます。おやすみなさい、会長、雫様」
「おやすみなさい、蓮藤さん」
 蓮藤さんは最敬礼の後、ドアを出ていった。
「それにしても、本当にびっくり……。ショウ君が、桜ヶ丘さんだったの?」
「なんだよ、まだ信じてないのか?」
 呆れた様子のショウ君は立ち上がると、バッグから何かを取り出し、私に渡してくれた。
「ほら、俺の名刺。これで納得したか?」
 確かに、桜ヶ丘さんの名刺だ。
「違うんだってば。その……最初、ショウ君は蓮藤さんだったでしょ。それなのに、実は桜ヶ丘さんだったってことが、びっくりなの」
「いや、実は……すぐにバレてもおかしくなかったんだぞ。蓮藤の立場で、何日も雫を連れまわしたり、色々買ってやったり、おかしいじゃん」
 ま、まぁ……言われてみれば。
「極めつけは、目の前で突然ヒマワリの種を食べたアレだ。奇行だろ、普通に。なんで、普通にスルーしたんだよ」
「だって~。ワイルドな人なのかなって」
「あと、幼稚園時代のエピソードを思い出させるために、わざわざタンデム自転車で出かけたんだけど……あれだって、変だろ。キャンピングカーがあるんだぞ。最初に雫も乗ったはずだし、『キャンピングカーがあるなんて、知らなかった』とは言わせないぞ。つまり、苦労して最初からタンデム自転車なんかで行かなくても、キャンピングカーにタンデム自転車を積んで途中まで行き、降りてからタンデム自転車で行けばいいじゃん。キャンピングカーはでかいんだし、自転車の一つや二つ、余裕で乗せられるからな。今思えば、その辺で気づかれてもおかしくなかったはずだが……。雫も、どこか抜けてるところがあるからな」
「ひっど~い。ショウ君こそ、天然ボケ入ってるのに」
「誰が天然だ、おい。生意気言ってると、こちょこちょするぞ」
 脇をくすぐってくるショウ君。
「ちょっと、やめて~! くすぐったい! 蓮藤さんなら、こんなことしないはず!」
「ああ、あの律儀で礼儀正しい蓮藤は、こんなことはしないな。それに、突然ヒマワリの種をむさぼり食ったり、水着姿の雫と戯れたりも、するはずないよな」
「ふふふ」
 おかしくなって、私は笑ってしまった。
 ショウ君もにこにこしている。
 そういえば……。
 気になってたことを、聞いてみる。
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