シーサイド・ティアーズ~潮風は初恋を乗せて~
「お粗末様です」
 演奏を終えた烏丸さんが言う。
「素晴らしかったです! 聴かせてくださって、ありがとうございました」
 私は心から言った。
「いえいえ、私が好きで弾いただけですし。今のは、サティ作曲のジムノペディという曲ですよ。悲しいときには、こういう落ち着いた曲を聴いて、心を静めるのが一番です」
「え? その……どうして、『悲しい』って……?」
「雫様の真っ赤な目を拝見すれば、誰だって分かります。そうでなくても、蓮藤君とはぐれて、心細かったでしょうから」
 バレバレだったみたい……。
 私は言葉が出なかった。
「蓮藤君にも困ったものですね。雫様から目を離すなど、あってはならないことです。そういうわけで、彼に頼まず、私が責任を持ってお迎えにあがったのですよ。ああ、蓮藤君にもちゃんとお伝えしましたから、ご心配なく。きっと、そのうち帰ってくるでしょう」
「あの……。あまり、蓮藤さんを責めないでくださいね。私がいけないんです」
 私にはそのくらいしか言えなかった。
 詳しいことを言うと、ショウ君との関係を勘繰られてしまうように思えて。
「お優しいですね。ええ、別に責める気もありませんよ。大変不謹慎ながら……むしろ、蓮藤君には感謝しているくらいです」
「感謝……?」
「彼のお陰で、こうして、雫様と二人っきりになれた訳ですから」
「ええっ?!」
 どういうこと?
 すごく意味深長なんだけど。
 私と二人っきりになりたかったわけじゃないよね?
「こんなことを申し上げてしまい、申し訳ございません。私がこのようなことを申し上げるのは、今日のこの場が最後ですから、あと数分だけご容赦ください」
「は、はぁ……」
「初めて雫様のお写真を拝見したときより、お慕い申し上げておりました。今朝は突然、不躾にも外出のお誘いを持ちかけてしまい、本当に申し訳ございません。明日からは、お見合いが開始するということで、今日が最後のチャンスだと心得ておりました。無論、雫様を困らせようだの、お見合いを妨害しようだの、そんな無礼千万な目的では全くございません。ただ、最後の想い出として、お出かけしたかったのです」
 私の目を真っ直ぐ見つめて話す烏丸さん。
 烏丸さんのような素敵な男性から、こんな言葉をかけられて……以前の私なら、もしかしたら心が少しだけ動いたかもしれない。
 お付き合いとまではいかなくても、何度かお会いしたり、お話したりするぐらいはいいかなって思ったかも。
 だけど、今の私には、そうした考えは一切浮かばなかった。
 やっぱり、私にはショウ君だけ。
 そのことは、自分でもはっきりと把握していた。
「その……」
 かける言葉に困る私。
「いえ、いいんですよ。単純にお伝えしたかっただけなので。無論、こうした感情が邪魔者であることは重々承知いたしております。なので、こういうことを申し上げるのも今回限りなので、ご安心ください。戸惑わせてしまって、すみませんね。明日からのお見合い、よろしくお願い申し上げますよ。私のことはご心配なく」
「あ、その……ありがとうございます。お気持ちはすごく嬉しいです」
「お気遣いありがとうございます」
 にこやかに微笑む烏丸さん。
 気持ちは嬉しかったから、すごく申し訳ない気持ちでいっぱい。
 私は一礼すると、部屋を後にした。
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