今宵も、月と踊る

……愛の定義をひっくり返されたような思いがする。

私がこれまで愛だと感じていたものは何だったんだろう。

志信くんより8年も多く生きていてそれなりに人生経験を積んでいるはずなのに、愛を語る彼の前ではそれが紙のように薄っぺらく感じる。

「もう……逃がさない」

……ダメ。これ以上、近づかれたら逃げられない。

頭では分かっているのに、私は志信くんを……拒めなかった。

覚悟を決めて目を瞑ると、あれほど聞こえていた風の音がピタリとやんだ。

「小夜……」

志信くんは初めて私の名前を呼ぶと、切羽詰ったように強引に唇を奪った。

重ねた唇は思いの外柔らかく、互いから漏れ出る吐息には甘い響きさえ滲んでいる。

ああ、どこまでも堕ちていく。

これは夢か幻か。

ふつふつと湧き上る熱情に、ただただ翻弄される。

このまま自分を見失ってしまいそうで怖い。

蕩けるようなコーヒー味のほろ苦い口づけは、男日照りの続いていた私を骨抜きにするには十分な威力だった。

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