今宵も、月と踊る
私鉄と地下鉄を乗り継いで降り立ったのは、私が住んでいたアパートと三好屋の中間地点である都心の駅だ。
鈴花が待ち合わせに指定した場所は、いつもと同じカフェレストラン“Apricot”だった。
駅前の大通りから歩いて15分ほどの距離にある“Apricot”には、大学生の頃二人で通い詰めた思い出がある。
こじんまりとした店内の中には、5席のカウンターと二人掛けのテーブル席が2つあるばかり。
テストの時期になると香り高いコーヒーとおいしいご飯に癒されながら、ノートと教科書片手に朝から夕方まで勉強したものだ。
店長がこれまた良い人で、まだ学生だからとコーヒーのおかわりを無料で振る舞ってもらっていた。
恩返しとまでは言わないが、大学を卒業してからもちょくちょく利用させてもらっている。
約束の時間はランチには早目の午前11時。
窓枠のついた木製の扉を開いて店の中を見回すと、窓際の一角に腰を据えていた鈴花がこちらに向かって手を振っていた。
今日は着物ではなく私に合わせて、デニム生地のワンピースを着ている。
「ごめんね。遅くなって」
「謝ることないわよ。こっちが早く来すぎたんだもの」
席に着いて早々に水が運ばれてきたので、ついでに揃ってプレートランチを注文する。
店員がキッチンの奥に消えるのを確認すると、鈴花はテーブルに頬杖ついて平然と尋ねた。
「それで?志信さんとはどうなってんの?」
(……この詮索好きめ)
私はプレートランチが出来上がるのを待つ間、志信くんのシナリオ通り話を進めるのだった。