今宵も、月と踊る
「志信くんの家ってお医者さんなの?」
「知らなかったの?志信さんだって医大生でしょう?駅前の通りを三好屋と逆方向に歩くと大きな病院があるわよ。あそこよ」
鈴花の説明を聞いて、更に驚く。
私は橘川家が病院を経営しているということも、志信くんが医大生ということすら知らなかった。
「お金持ちとか政治家とかがお忍びで通っているらしいわよ。どんな病気でも治してくれるって、有名なんですって」
(それって……)
“どんな病気でも治してくれる”
……本当の意味が分からないほど、間抜けではなかった。
(……志信くんだわ)
“カグヤ憑き”の力があれば、不可能ではない。
頭の中で点と線が繋がると、スルリと手から力が抜けた。
持っていたカップがごとんと鈍い音を立てて、テーブルの上に転がる。飲みかけのコーヒーが木目にジワリと染み出していく。
「大丈夫!?」
「ごめん……」
鈴花が急いで店員を呼んでくれたおかげで、荷物と洋服が汚れることはなかった。
それでも、心臓が落ち着くまでしばらく時間がかかった。