今宵も、月と踊る
「……あの人、俺が桜木に気があるって気づいているから」
波多野くんがあまりにも消え入りそうな音量で言うから、うっかり聞き流しそうになった。
(……誰が誰に気があるですって?)
信じられなくて目の前に立っている波多野くんの顔をじいっと見上げる。
サンダルを履いていても波多野くんとの距離はちっとも縮まらない。
更に背伸びすると波多野くんは、うっと呻いて後ずさりをした。
「こんなこと本当は道端で言う予定じゃなかったのに……」
次に紡ぎだされたのはぶっきらぼうな波多野くんなりの愛の台詞だった。
「彼氏がいないなら、俺とかどうよ?」
……その時だ。
「誰の許可を得て、この女を口説いているんだ?」
波多野くんから隠すように私の視界を塞いだのは、夏の暑さに負けないほどの冷気を漂わせた志信くんだった。