今宵も、月と踊る

「志信……くん……?」

(どうしてここに?)

約束の時間にはまだ早い。それに待ち合わせ場所は、歩道のど真ん中でもないはずだ。

「誰だ?」

志信くんの突然の登場に戸惑ったのは私だけではない。

話の途中で乱入してきた謎の青年のとげとげしい態度に、波多野くんだって眉をひそめている。

「あんたこそ誰だよ?」

鈴花による“礼儀正しい”という評価はどこにいったのやら。

初対面だというのにふたりとも、昔からの因縁の相手のように睨み合っている。

私は一触即発の雰囲気に押され口を挟む余裕もなく、先ほどからふたりの顔色を窺うばかりだった。

……これが俗に言う修羅場ってやつか。

少なくともあらぬ現場を目撃されて、志信くんに誤解を与えたのは確かだ。

「行くぞ、小夜」

先に動いたのは志信くんだった。

「え!?待ってよ!!」

志信くんは私の腕を引くと、波多野くんを残してこの場から立ち去ろうとしている。

そして、私は彼を止める術を持たない。転ばないように気をつけながら後に続く。

「ごめん、波多野くん!!また会社で!!」

「桜木!!」

心配そうに呼び止める波多野くんの姿は次第に遠ざかっていって、とうとう最後には見えなくなった。

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