今宵も、月と踊る
私の必死の願いが届いたのか手首を拘束していた力が徐々に緩んでいく。
「泣くなよ……」
人差し指で涙を拭われて初めて自分が泣いていることに気が付いた。
泣いてはいけないと思っていたのに、どんどん雫が垂れて頬を濡らしていく。
途中でやめてもらえて心底ホッとしている。
失わずに済んだ日々のことを思うときゅうっと胸が締め付けられてたまらなく愛おしい。
「傷つけてごめんなさい……」
私は膝立ちになって志信くんの頭を掻き抱いた。
言葉に表せられないこの気持ちをどうやって伝えたらいいのだろう。
胸の奥に眠る甘美な歓びと、どうしようもない庇護欲。どちらも私の中にあったのに、今まで見ようとしなかった。
(私は……)
……いつの間にか引き返せないところまで来てしまっていたのだ。
「小夜」
名前を呼ばれて我に返る。
バッグを引っ掴んで、洋服を慌てて整えると、引き留められない内に急いで車を出る。
志信くんは追いかけてこなかった。
薄暗い地下駐車場を出ると、ポツポツと照明が灯りはじめた繁華街をひた走る。
私はバカだ。本物の大馬鹿ものだ。
あんな目に遭っても志信くんを嫌いになることができず、あまつさえ愛おしさを感じてしまった。
(豊姫……ごめんね……)
私は……好きになってはいけない人に。
……夢のように儚い恋をしていた。