今宵も、月と踊る

「ごめんね、波多野くん」

「謝るなよ。もたもたしてた俺が悪いんだ」

波多野くんはヤケクソ気味にパスタをフォークに巻いて口に運んだ。あまりにもガツガツ食べ始めるものだから、しばし圧倒される。

「桜木も食えよ。午後の仕事で精が出ないぞ」

唇の端にミートソースをつけた波多野くんに促されるようにしてフォークを手に取る。

彼氏候補からただの同僚に戻ろうとしてくれている、その心が分からないほどバカではなかった。

……思えば波多野くんは昔からこういう人だった。

無神経でデリカシーのない言動が多いように見えるけれど、他人の気持ちには敏感で、さりげなく元気づけられることや明るさに救われることもあったんだ。

(なんで波多野くんじゃダメだったんだろう)

私の頭を悩ませるのはいつも志信くんだった。

人生というのは時として己の予期せぬ方向に舵を取ることがある。

私の進んだ方向は視界良好とは言えないけれど、どこにだって希望はあるものだ。

(今度は私からデートに誘ってみようかな……)

私と志信くんの新しい関係はまだ始まったばかり。

この夏は楽しい予定で一層忙しくなりそうだった。

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