今宵も、月と踊る
「桜木さん、大丈夫?」
心ここにあらずの状態でぼうっとパソコンのディスプレイを見ていたことに気が付いた都築さんが心配そうに私の肩を叩いてくれた。
「すいません」
私はすぐさま謝ると、もう一度心を入れ直して手元にある書類と格闘し始めた。
この頃は豊姫のことを考え始めると仕事中でも集中できなくなっている。
(このまま姿を見せてくれなかったらどうなるんだろう……)
豊姫は霊体なのだから、その気になったら私から逃げるなんて簡単だ。
石碑から離れられないとはいえ橘川家の屋敷は広大だし、私が自由に出歩ける範囲から移動してしまえば姿を追うのは困難だった。
意図的に避けられているこの状況は豊姫が望めば永遠に続くだろう。
勝つ見込みのない追いかけっこを続けるには人間の寿命は短かすぎる。
それでも、私は豊姫の気が済むまで待つしかないのだ。