今宵も、月と踊る
足元が覚束ないままトボトボと本宅と離れを繋ぐ渡り廊下を歩いていると、数か月の間、姿をくらませていた豊姫が突然現れ行く手を塞いだ。
“全てを知ってしまったのね……”
……この屋敷内に住みついている豊姫が真尋さんのことを知らないはずがない。
そのことに思い至ると豊姫をなじらずにはいられなかった。
「どうして……私は“カグヤ”なの……?どうして……っ……!!」
豊姫の透明な身体を叩きながら、涙がポロポロと流れ落ちる。
豊姫を責めるなんて筋違いも甚だしいというのに、責めてしまう自分の心を止められない。
「豊姫は全部知っていたの……?」
“ええ、そうよ。可哀想な小夜……。こんなに傷ついて……”
「とよ……ひめ……」
“志信を愛してしまったのね”
うんと包み隠さず、今度こそ正直に頷く。
……愛している。
私は志信くんを愛している……そして、愛し過ぎてしまった。
「苦しい……よ……」
豊姫は泣き崩れた私の肩をそっと抱いた。相変わらず感触はないけれど、傍にいるだけで伝わるものだってある。
……志信くんには他に想う人がいた。
傍にいられるなら“カグヤ”でもいいと思っていたのに、“カグヤ”でいることも許されない。
志信くんに愛されることがないのなら、私は何のために傍にいるのだろう。
橘を宿したただの器?そこに人の心は要らないの?
ただの器としか見ていないなら、どうして優しく足の傷痕に触れたの?甘い言葉を囁いて抱きしめたりしたの?
志信くんのことを想う度に、心が軋んで悲鳴を上げている。このままだとこの恋心はどこにも行けない。