今宵も、月と踊る
社長と相談して私の勤務は今月一杯ということになった。
消化しきれずにいた有給を当てると、実質あと3週間ほどしかない。
その3週間の間に自分の任されている日々の細かな業務の引継ぎ、ロッカーとデスクの片付け、お世話になった人たちへの挨拶を済まさなければいけない。
また、終わらせなければならないのは仕事関係の業務整理だけではなかった。
吉池さんの母校は冬には何メートルという積雪を誇る寒さの厳しい北国だ。
コーチを引き受けるということは、新天地での生活を余儀なくされる。
志信くんと暮らし始めて以来、殆ど帰っていないアパートの解約、荷物の整理、お役所関係の手続きは仕事の合間を縫って行うことにした。ありがたいことに転居先を探すのは吉池さんが請け負ってくれた。
「雪なんて直ぐに嫌いになるわよ。雪かきなんてもう二度としたくないわ」
雪が死ぬほど降るが平気かと尋ねられて、雪は桜と同じくらい好きと答えると吉池さんにヘソを曲げられた。
故郷の悪口を言い始めると止まらなくなるのに、いまだにひと月に一度は帰郷する彼女の天邪鬼っぷりを微笑ましく思える。
志信くんの目の届かないところで、旅立ちの準備は着々と進んでいくのだった。