今宵も、月と踊る
「俊明さんが“鈴花はもう一人の身体じゃないから大人していてくれ”って。まったく……、病人じゃないんだから」
私は鳩が豆鉄砲をくらったように目を白黒させた。
接客中の俊明さんがどうも張り切っているように見えたのは気のせいではないらしい。
「おめでとう!!」
「ありがとう」
鈴花は先ほどまで拗ねていたのが嘘のように破顔した。
(うわあ……鈴花が母親かあ……)
新しい命の宿ったお腹を愛おしげに撫でている様子は聖母マリアのように神々しい。
「産む本人より、周りの方が気を遣ってくれてね。俊明さんなんて妊娠が分かってから、走るな、コケるな、重いものは持つなって大騒ぎ。そんなこと言われたらお店に出ても何も出来ないじゃない。従業員の皆も俊明さんの味方なんだもん」
本人も贅沢な悩みだということは理解しているのか、私にしか聞こえないような音量で不満を語る。
「そっかあ……。何だか大変そう。鈴花に頼みたいことがあって来たんだけど、他の人にお願いしようかな……」
「頼みたいこと?」
「着付けを教わりたいの。……2週間で」
慌ただしい旅支度の最中に三好屋に寄ったのにはどうしても譲れない理由があったからだ。
……志信くんが綺麗だと言ってくれて着物をひとりでも着られるようになりたい。