今宵も、月と踊る

見張りである門番に友人と旅行に出掛けるという説明をして、お屋敷からこっそり抜け出す。

見え見えの嘘がばれない内に、大通りまで足早に歩いて流しのタクシーを拾う。

「空港までお願いします」

運転手はかしこまりましたと言うと、カーナビを操作し行先を入力していった。車が発進すると、橘川家の屋敷が次第に遠ざかっていく。

思い出すのは志信くんのことばかりだった。

“俺と結婚でもすれば良いだろう”

“あんたは俺の物だ”

“小夜……”

最初は壺を盾にとられて無理やり閉じ込められていたというのに。

いつしか……あなたが私の帰る場所になっていた。

「こんなことなら……志信くんにもっと好きだって言っておけばよかったな……」

窓枠に肘をついて独り言のように呟く。

夢のような人だった。

いつか夢のように儚く消えていってしまうと分かっていても、愛さずにはいられなかった。


さようなら、志信くん。

……さようなら。

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