今宵も、月と踊る
もともとアキレス腱が切れやすくなっていたところに、感覚を取り戻すために完治しない間から、リハビリと練習を繰り返した結果、私の足の病状は取り返しがつかないほどに悪化してしまった。
ゆっくり休めという周りの助言に耳を貸す心の余裕など当時はなかったのだ。
「僕が診たところ左右の筋肉にバラツキがあるようには思えません」
「へ?」
「最近、全力で走ってみましたか?」
「いいえ……。ここ数年は……」
OL生活が長かったせいか、運動不足の身体は怠惰な生活に慣れきっていた。100mを全力で走るなど、陸上を辞めてから一度もしたことがなかった。
「試してみたらどうですか?足自体は完治していますし、あとは感覚が取り戻せるかどうかの問題なのでしょう?」
若宮さんの言葉は確実に私の意識に変化をもたらした。
(走ってもいいんだ……)
まるで、憑物が落ちたような心地だった。
貴子が私の肩をポンと叩いた。若宮さんを連れてきたのは、何年経っても怪我の呪縛に囚われている私を心配してのことだった。
「小夜、私達先に帰るわね。明日また連絡するわ」