今宵も、月と踊る

やっとの思いで100mを走りきると、地面に寝転がって息を整える。

足は怪我をする前と寸分違わず、動かすことができた。

私を何度も苦しめていた引き攣るような感覚は嘘のようになくなっていた。

月日が全て癒してくれたのか。

それとも……。

(志信くん……あなたなの……?)

月に向かって問いかけたが返事はない。月はひたすら沈黙を守っている。

かつて、私は月に一途に舞を捧げる青年に恋をした。

あっけなく終わってしまった恋だけれど、私にとって最後の恋だった。

癒しの力を持った不思議な青年のことは、この地にやって来てからなるべく思い出さないようにしていたのに。

一度思い出し始めると堰を切ったように溢れ出す感情を止められなくなる。

(会いたいよ……)

慰めるように優しい風が頬を撫でていく。

志信くんがこの身に残してくれた置き土産が、過去を引きずり傷ついた心を癒してくれる。

怪我をして苦しんだことは、無意味じゃなかった。

……そのおかげで志信くんに出逢えることができた。

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