今宵も、月と踊る
「真尋を目覚めさせるためには“カグヤ”の持つ橘が必要だったことは否定しない。だが、橘を取り出すためだけに小夜を手元に置いたつもりはない」
志信くんは意地悪く口の端を上げた。
「どれほどあんたを求めているか、一晩中思い知らせてやったのに足りなかったのか?俺が誰を想っているのか、本当に分からなかったのか?」
壊れるくらいに抱き合ったあの日のことを思い出せと言われ、かあっと頬が紅潮する。
志信くんの瞳にはあの日と同じ、欲望の火が灯っている。
最後の恋はまだ終わっていないって信じていいの……?
「私は……もう“カグヤ”じゃないわ。志信くんに橘を渡してしまったら、何の取り柄もない29歳の普通の女よ」
「最初に言っただろう?」
志信くんは私の訴えをものともせず鼻で笑うともったいぶって言った。
「あんたは俺の物だ」
「っ……!!志信くん!!」
我慢できずに志信くんの首に腕を回して抱き付くと、彼はひしと受け止めてくれた。
「すまなかった。小夜を追い詰めたのは俺だ。大事な言葉をまだ言っていない」
抱きしめる腕の強さから二度と離すまいという心意気が伝わってくる。
「……俺は小夜を愛している」
志信くんは頬を流れる涙を優しく吸いながら、何度も何度も髪を撫でてくれた。
ああ、やっぱり今夜は眠れない。
狭苦しいシングルベッド。
私の隣で眠るあなたをずっと見ていたい。