今宵も、月と踊る
「正直な話、どうなのよ。桜木さんだって彼氏の一人や二人いるでしょ?」
「社長、お言葉ですが二人以上いたらまずいと思いますよ」
それと、私の心配より自分の頭髪の心配でもしたらどうでしょうか。
……赤ら顔と相まってゆでだこにしか見えませんよ、社長。
大体、結婚適齢期の未婚女性に酒の席で聞くにはデリケートな話題ではないか。
小さいながらも一企業を率いる社長のことは尊敬しているが、酒の席では異常に空気が読めなくなるのが玉に瑕だった。
「残念ながら彼氏と呼べる人はここしばらくいません!!」
おどけるように首をすくめて答えると、ググッと一気にビールを呷る。
「えー。嘘でしょ?本当はいるでしょう?」
「お会計してきますねー」
事前に回収済みの会費を手にしてその場から立ち上がる。なおも縋り付くような社長を適当にあしらうと、さっさかレジへと向かう。
私も彼氏がいたら良いと思うけれど、本当にいないんだからしょうがないじゃないか。
3年前に大学時代から付き合っていた彼氏と別れて以来、28歳にもなっても男っ気なし。
桜木小夜(さくらぎさや)、28歳。
めでたい報告を期待されるお年頃。
……そろそろ結婚の話題を上手に躱す手も尽きてきたところ。