今宵も、月と踊る
舞手というのは皆、彼のような妖しい魅力を持った人なのだろうか。
額から顎へと伝う指先に捉えられて、身体が動かせなくなる。
「名前は?」
「桜木です……。桜木小夜」
彼は決して私から目を離そうとしない。そんなに見つめられたら溶けてしまいそうだ。
「あなたは……」
“何者なの?”という単語は辛うじて飲み込む。
神楽殿から30メートルの距離を超えて声が聞こえたなんて言ったところで、私の方こそ頭がおかしい女と思われるに違いない。
「俺の名前は橘川志信(きっかわしのぶ)だ」
彼はそう答えると、傍らに置いてあったコートを身に着け始めた。
「どこに行くの?」
「帰るに決まっているだろう」