今宵も、月と踊る
本も何冊か持ってきたが、既に読み切ってしまった。
新しい本を買えればよいのだけれど、会社からの行き帰りの迎えの車は寄り道を許されないし、休日の外出も志信くんの許可が出ない。
だから、おもちゃ箱のように明るくて、楽しい豊姫の存在は私にもありがたかった。
豊姫と一緒に適当に選んだ動画をあれこれと解説しながら眺めていると、この身に振りかかった運命のことを一時忘れることが出来た。
「そういえば、志信くん来ないね」
離れに住み始めて3週間。
毎日、顔をあわせていた志信くんが今日はまだ姿を見せていない。
“もうすぐ、満月だから準備に忙しいのでしょう?”
豊姫は素っ気なく言った。
(満月?)
志信くんの忙しさと満月に何の関係が?
“私は嬉しいわ。小夜を独り占めできるもの”
すり寄って甘えてくる様子は歳の離れた妹のようで微笑ましい。
志信くんのことは気になったものの。
今は誰にも邪魔されることのない寛いだ時間を思うまま過ごした。