もう一度君の笑顔を
それから友紀が生まれて、千佳は本当に幸せそうだった。


義兄が逝ってしまうまで。



それは突然だった。



母さんからの電話で俺が病院に行った時には義兄はもうこの世にはいなかった。


千佳は、それが受け止められないようだった。



ただひたすら義兄を抱きしめ名前を呼びながら泣く千佳を見て、俺は自分の無力さを知った。



だから、そのとき誓ったんだ。


何があっても、千佳と友紀は俺が守ろう。



決して、自分の思いを千佳に悟られてはいけない。


そんなことをしたら、千佳が俺に頼れなくなってしまう。



そしたら、友紀が寂しい思いをする。


それに・・・千佳が他の男に頼ったら?また別の男と結婚したら?



俺はあの人だから千佳を譲ったんだ。


他の男ではあり得ない。



そんな事になるくらいなら、俺は千佳への思いを封印した。



それから俺は友紀の父親代わりになった。



運動会も父親参観も俺が行った。




そんな友紀も高校生になり、どんどん手が離れていく。


もしかしたら、友紀が独り立ちすれば、千佳は俺を男として意識してくれるかもしれない。


義兄が亡くなってからというもの千佳に男の影はなかった。


つまり、誰よりもそばに居たのは俺ということになる。


少しは意識してくれるかもしれない。


そんな淡い期待を抱いていた。





でも、そんな期待も見事に打ち破られる。


千佳に癌が見つかったのだ。



見つかった時にはもう手遅れで、千佳はあっという間に弱っていった。


「修司、ごめんね。」



真っ白い病院のベットの上で千佳が俺に言った。


「何が?」



「今まで、そばにいてくれてありがとう。」



「何だよ・・・改まって。」



「だって、今までちゃんとお礼言った事なかったから。

 ホントに感謝してるの。

 修司だって遊びたい時期だったのに、そんな時を友紀と私の為に・・・

 私、修司に甘えてばかりだった。」



「俺が好きでしたことだ。

 姉さんが気に病む事じゃない。」



「それでも、お礼が言いたいの。

 今までありがとう。これからは自分の幸せを一番に考えてね。」


「もう分かったから、寝ろ。」


「うん。ありがと。」



それから千佳は友紀の大学合格を見届けて、義兄のところに逝ってしまった。
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