恋宿~イケメン支配人に恋して~
「では、なにかございましたらフロントまでお申し付けください。失礼いたします」
部屋に着き、一通りの案内を終えた八木さんは綺麗な姿勢で頭を下げると、パタンと襖を閉めた。
「すごいですね、全部覚えてるんですか」
「うん。でも基本的に案内する内容なんてほぼ決まってるから。繰り返すうちに覚えるし自分なりに工夫出来るよ」
にこ、と笑う八木さんは今日も上品な雰囲気だ。八木さんのその柔らかな声で言われると、なんだか自分にも出来そうな勇気がわいてくる。
「あ、八木ちゃん。ちょっといい?」
「はーい、じゃあ理子ちゃん先に広間行って宴会準備手伝っててくれる?」
「はい」
他の仲居さんに呼ばれその場を歩き出す八木さんに、私はひとり広間へ向かい歩き出した。
窓の外は、今日はざぁざぁと梅雨らしい雨が降る。
憂鬱な雨も、この旅館からの景色と合わさればなんだか素敵な景色だ。
「……あ、」
すると、目に入ったのは廊下の壁際に飾られていた和柄の青い皿。その上にはうっすらと、ほこりが積もってしまっている。
ほこり積もってる。折角綺麗な飾りなのに、汚れているなんてもったいない。
懐から取り出したハンカチでそれをそっと拭う。
先日の千冬さんの話を聞いて、彼の気持ちを知ったら尚更大切にしたいと思った。この旅館も、お客さんへの心遣いも。
綺麗に光る皿に、思わず笑みがこぼれた。