恋宿~イケメン支配人に恋して~
慎とふたりやって来たのは、和室にテーブルと座布団の置かれた応接室。
そこは初日に千冬さんと話をした場所で、今日もその室内には独特の緊張感が漂っている。
「……お茶」
「ありがとう」
慣れない手つきでお茶を入れ慎の前へと置くと、彼は小さく笑って一口飲んだ。
……緊張、する。
ちょっと前までふたりきりでいることなんて当たり前だったのに。こうして顔を向かい合わせているだけで、妙に緊張してしまう。
少しの無言のなか、その空気を断ち切るように慎は頭を下げた。
「……この前は、ごめん」
「え……」
「……他の人としたこと、本当に反省してる。ごめん」
『ごめん』、それは留守電にもメールの文面でも嫌というほど残されていた一言。
その言葉にどう返すべきかがわからず黙っていると、慎はそっと頭を上げる。
「けどいきなりいなくなるなんて……それも、こんな山奥で仲居みたいな格好して。会社は?辞めたの?」
「……辞めてないし、ちゃんと帰るよ。元々は旅行に来ただけだったけど、不注意で高級なもの壊しちゃったからその弁償に働いてるだけ」
「高級なものって?」
「300万の花瓶」
『300万』、その響きにさすがの慎も顔色を変え絶句する。
「さ、300万!?なにそれっ……騙されてるんじゃないの!?」
「……私も一瞬思っちゃったけどさ。でも、ここの物を壊しちゃったのは事実だし。どうせ1ヶ月は東京に帰るつもりもなかったし」
淡々と、また可愛げのない言い方。眉ひとつ動かさず話す私とは対象的に、目の前の慎の顔は困惑したように眉を下げている。
こういう顔がまた頼りないと思う反面、かわいいとも思う。