恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……ううん、帰らない。さよなら、だよ」
私が選んだのは、あなたとさよならをする道。
「浮気がショックだったのも大きいし、もう信じられないって気持ちも大きい。それに……やっぱり私はここにいたい」
信じられない心で一緒にいることは出来ない。それに、もっとここで自分に出来ることとと出会いたい。
だから、さよなら。
迷うことなくはっきりと言い切った私に、慎は言葉を失った。かと思えば立ち上がり、ぐいっと私の腕を引き歩き出そうとする。
「いたっ……なに!?ちょっと、慎!」
「帰らないなら、無理矢理にでも連れていく。行こ」
「やだ、離して!行かないってば!!」
きっと慎自身も必死なのだろう。強い力で私の腕を引っ張るその手が、少し怖い。
そのまま慎は勢いよくドアを開け、部屋を出ようとした。
「お待ちください、お客様」
けれどそれはドアの向こうにいた彼、千冬さんによって阻まれた。
「……なんですか、そちらには関係ないでしょう?」
「関係なくありません。短期とはいえ従業員を突然連れて行かれてしまうのは、こちらも困りますので」
廊下で待ち受けていたらしい千冬さんは、そう言って慎の目の前に立つ。
笑顔だけれど真っ直ぐに見据えるその目は、何とも言えない威圧感がある。
「勤務すると決めた際に交わした雇用契約書もありますし、こちらも経営上の都合があります。彼女が、必要です」
はっきりと言い切ると、彼は慎から私を引き離すようにして私の肩を抱いた。