恋宿~イケメン支配人に恋して~



「なっ……」

「何より、彼女自身の意思が一番大事なんじゃないでしょうか」



千冬さんのその一言と、肩を抱く彼の腕から離れない私。それらになにかに気付いたように、必死だった表情は段々といつものような頼りない顔になる。



「……理子、本気なんだ」

「……うん、」



しっかりと頷くと、腕を握る力を緩める手。



「そっか……そう、だよね。思えば理子が自分から何かをやりたいって言うところなんて、見たことないもん」



弱々しく呟かれたそれは、納得したようにも自分に言い聞かせるようにも聞こえた。

慎は腕から手をそっと離すと、私に向かって頭を下げる。



「……浮気したこと、本当にごめん。でも本当に、理子のことが一番好きだったよ」

「慎……」

「分かりづらくて、不安で……だからって他の人に手出ししていい理由にはならないけどさ。その気持ちを理子に言えていたらまた違かったのかなって、俺も今更思う」



お互い抱えたまま、言えずにいた気持ち。『好き』も『不安』も、あの日の大樹くんの『寂しい』と同じように言わなくちゃ伝わらないことなのに。

大人になって、こうして今更実感するんだ。



「……じゃあ、帰るね」



慎はそう呟き頭を上げると、千冬さんにも小さく礼をしてその場を歩き出した。



遠くなる、細い背中。きっとこれで、本当に最後になってしまうんだろう。

だけど引き止めない。自分の気持ちに正直に、私はその手をとらないって決めた。

込み上げる涙をぐっと堪えて、その後ろ姿を見送った。



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