恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……あーあ、行っちゃったな。彼氏」
「元、です。『元』彼氏」
「折角代わりに払うとも言ってくれたのを断ってまで残ったんだ。頑張れよー?」
やはり話を全て聞いていたのだろう。にやりと笑って言った千冬さんの意地悪い顔に、先ほどまでの感動的な涙も引っ込んでしまう。
「……別に、元彼にお金出して貰うのが嫌だっただけで、ここにいたいわけじゃないですから」
「『ここにいたい』って台詞、聞こえた気がしたんだけどなぁ」
「なっ!」
言い返せば返すほど、おかしそうにからかってくる。そんな子供みたいな千冬さんに、スネに一発蹴りを入れた。
「いてっ!」
「さっさと仕事戻りますよ」
「このやろう……」
すると、不意にその手はぽんぽんと私の頭を撫でる。
「なんですか」
「思ったことちゃんと言えたな、偉い偉い」
別に偉くなんてない。思ったことを言っただけ。自分のために、嘘をつかず、後悔する道を選ばないように。
だけど、その一言と優しい眼差しが、なんだか嬉しくてくすぐったい。
「……頑張ってあげますよ、仕方ないから」
「はいはい」
笑う彼にまた可愛げなく言うと、その場を歩き出した。
離した腕のさみしさと、肩を抱いた手の大きさ、『必要』と言ってくれた嬉しさ。
全て抱き締めて、改めてまた頑張ろうと思えた。