恋宿~イケメン支配人に恋して~
「確かフロントに消臭スプレーがあった気が……大渕さん、消臭スプレーあります?」
「うん?あるよ、はいこれ」
思い出しすぐさま大渕さんからスプレーを受け取ると、私はそのままそれをよく確認することもなく千冬さんへシュッシュッとかけた。
「つめてっ!ってこれ、なんか匂いついてるじゃねーか!」
「あ、『ラベンダーの香り』だそうです」
「バカ野郎!ラベンダーの香りさせてどうするんだよ!」
瞬く間にその場に漂う華やかな香り。
これはこれでいい匂いだとは思うけど……確かに、やってきた旅館の支配人がラベンダーの香りをさせていたら微妙な気持ちかもしれない。
「いいんじゃないですか、ラベンダーの匂い親しみやすいですよ。トイレの芳香剤みたいで」
「誰がトイレだ」
「いたたたた」
千冬さんはそう怒りながら私の両頬をぎゅーっとつねった。けれど、怖い顔をしながらも彼から漂う香りはラベンダーなものだから、つい笑ってしまいそうになる。
「離してくださいよ、頬が伸びる」
「伸びろ、そして表情筋をほぐせ。この仏頂面女。変な顔にしてやる」
誰が仏頂面女だ。仏頂面だけど。
その呼ばれ方に不満げに見る私に、彼は気に留めることなくぐにぐにと頬を引っ張り私を変な顔にさせる。
「……ははっ、本当変な顔」
「なっ……!」
『なんですって』、そう言おうとするものの、子供のような可愛い笑顔にドキッと鳴る心。目の前のその表情につい言葉は詰まってしまう。