恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……意外と穏便に話の済む相手でよかったな」
402号室から少し歩いて来た先で、千冬さんはそう呟き私からぱっと手を離した。
「そ、そうですね。こういう旅館でもああいうことってよくあるんですか」
「まぁ、夜に見回りとかしてると時々聞こえたりもするが……あそこまで激しいのはあんまりないな」
「不倫旅行っていうのが余計いいんだろうな」と言いながら特に動揺も見せないあたり、本当に慣れているのだろう。
「あ、お前またフロントの方に戻るなら持って行ってほしいものがある」
「持って行ってほしいもの?」
「雑巾。さっき大渕が『新しいやつが見当たらない』ってやってたからな」
4階フロアの一番端にある、『4階倉庫』と書かれたドアを開け中に入る千冬さんに続いて、私も中へ入った。
そこは掃除用具や備品などさまざまな物がしまわれている狭い倉庫。その中で彼は奥の銀ラックから新品の雑巾を数枚取り出す。
「倉庫、何ヶ所もあるんですね」
「あぁ。2階と4階、あと広間の近くに小さいのがひとつずつ、別館1階に広いのがある。何かと物が多いからな」
「へー……わっ!」
感心しながらごちゃごちゃとした室内を歩いていると、足元あったらしいダンボールに気付かずつまずいてしまう。
着物姿ということもあり上手く止まることが出来ず、私の体は勢いよく前のめりに転んだ。