恋宿~イケメン支配人に恋して~
「え?だって、千冬さんと八木さんは付き合ってるんじゃ……」
「は?付き合ってないけど」
立ち上がり、ズボンについたほこりを払いながら答える彼。その態度から、嘘ではないのだろうことはなんとなく分かる。
って、付き合ってないの!!?
「えぇ!?だ、だって前に、八木さんとキスしてたのに……」
「キス?なんの話だ、それ」
「私があの花瓶を壊した日、ふたりでなんか話してキスしてたじゃないですか……」
『……なんです、ずっと』
途切れ途切れに聞こえた声と、八木さんに顔を近付けていた彼。今でもしっかりと覚えているその光景を伝える私に、千冬さんは「うーん」と考え、ふと思い出す。
「思い出した。確かあの時八木が『目が痒い』って言っててな」
「は?」
目、目が痒い……?つまりそれって
『目が痒くて……ゴミが入ってる感じなんです、ずっと』
『ゴミ?どれ、見せてみろ』
……という会話が恐らくあって、顔を近付けていたわけで……。
「じゃあキスしていたわけじゃないんですか!?」
「当たり前だ。そもそも八木には他に相手がいるし、俺もあいつをそういう目で見てない」
「な、なんだ……」
付き合ってるわけじゃ、なかったんだ……。
って私、ホッとしている?なんで?
驚いたり安堵したり疑問に思ったり……あれこれと忙しい自分の感情についていけずにいると、千冬さんはポンッと私の背中を叩く。
「バカ女がバカなことばっかり考えてないで早くあがれ。明日も早いんだから」
「……はーい」
……悪かったですね、バカなことばかり考えているバカ女で。
そう一瞬ムッとしてしまうなかで、どうして触れるとドキドキしてしまうんだろう。
どうしてその姿に視線を奪われて、どうして安堵してしまったんだろう。
自分のこころなのに、なにひとつ分からない。けどその気持ちがいやじゃない。寧ろうれしいとさえ感じてしまう。
……ごちゃごちゃ、だ。
どうして、こんなにも心が動かされるんだろう。
ほらまた、ひとつ。彼のせいで分からないことばかりが増えていく。