恋宿~イケメン支配人に恋して~
「あ。でも千冬さんには内緒ね。あの人情に熱い人だから、お客様でも殴っちゃいそうだし」
「確かに……」
先ほどの話から若い頃は喧嘩っ早かったみたいだし、従業員を思っている人なら尚更。『旅館支配人が客に暴力』、だなんて週刊誌の見出しを想像すると、とてもじゃないけれど千冬さんには言えない。
「八木ちゃん、向こう手伝って!理子ちゃんはこっち!」
「あっ、はーい」
話していると呼ばれた名前に、私と八木さんはまた動き出す。
見ず知らずのおじさんに触られるなんて、不快だし気持ち悪い。いやだ。
けど、皆が大切に守ろうとしているもの。千冬さんと、この旅館のため。それを思うと騒いだりなど出来るわけもない。
……よし、私も気にしない。かわして流す。私だって10代の小娘とは違うんだから。
そう心に決めて、また座敷の中を動き回った。
それからは触られても気にせず、抱きつかれそうになったら回避し、セクハラ発言も流して……と対応しながら、仕事をすること2時間。
「姉ちゃん可愛い顔してるな~!よし、チューしてやろう!」
「なんだ、胸が足らんな!揉んででかくしてやろうか!」
「あはは……結構です」
我慢と忙しさで目一杯になってきた私の気力はもう限界で、苦笑いすら苦しい状態となっていた。
なんなのこの酔っ払い共……世の中こんな男ばかりなのかと思うと、男が嫌いになりそうだ。
「お~い、姉ちゃん、部屋まで戻りたいんだがちょっと手ぇ貸してくれねーか」
「え?あ、はぁ」
すると私を呼んだのは、顔を真っ赤にした太った体型の50代くらいのおじさん。酔っ払っているのだろう、ふらふらな足で私を手招く。