恋宿~イケメン支配人に恋して~
「こんなショボい旅館に泊まってやってるんだ、少しくらいサービスしてもらわねぇとなぁ」
こわい、いやだ、気持ち悪い。けどっ……。
誰か、助けてっ……!
「でしたら、お帰りくださって結構です」
その時、部屋の中に響いたよく通る低い声。
「え……?」
その人の大きな体をよけドアのほうを見れば、そこには腕を組みドアに寄りかかるようにして立っている千冬さんの姿があった。
「千冬、さん……?」
「なっ、なんだお前は!客の部屋に勝手に入っていいとでも思ってるのか!?」
「ドアが半開きになっていたもので。防犯上危ないと思いまして、ご忠告にまいりました」
にこ、と笑顔を見せる彼が、ピリピリとした怒りを漂わせていることはすぐに分かる。
「ですがお客様、これは一体どういうおつもりでしょうか?当館の仲居にはこういった業務は無いはずですが」
「こ、これはっ……」
「言い訳はいいから、離せよ」
「へっ!?」
その笑顔からは想像がつかないような、突然呟かれたドスのきいた低い声。それに怯んだように、お客さんは私からパッと手を離し体からどいた。
乱れた着物もそのままに、すかさず千冬さんの元へ駆け寄ると、彼は私を大きな背中の後ろに隠す。
「悪評を流そうが、ネットに書き込もうがどうぞご自由に。確かに小さな旅館ですが、それが原因でいくら新規のお客様が離れようともこれまでいらした方の評価は変わりません」
「ふんっ、強がりを……」
「強がり?とんでもない、事実ですよ」
酔っ払ってただでさえ真っ赤な顔を、興奮と焦りでさらに真っ赤にしたお客さんに、千冬さんは動揺もなくふっと笑みを見せた。