恋宿~イケメン支配人に恋して~



部屋を出て、ふたり歩く館内の廊下。このフロアのお客さんはまだ皆宴会場にいるため、全体的にとても静かだ。



「大丈夫だったか?被害は?」

「いえ、特には……」



千冬さんからの問いかけに答えながら思い出したように、乱れたままだった胸元を着物の襟でそっと隠す。

それに気付いたように、千冬さんはこちらから目をそらした。



「……そこの空き部屋で直してこい。待っててやるから」

「は、はい……あ、でも」

「でも?」

「……着付けのやり方、紙見ないと分からないです」



着物を直したいのは山々だけど、以前八木さんから貰った着付けのやり方の紙を見ながら毎朝必死に着付けをしている私に、今この場でひとりで直すことなんて出来ない。

そのことを伝えると、彼の顔は先ほどの真面目な顔とは打って変わって、呆れたように歪む。



「お前……もう何十回着物着てるんだよ!いい加減覚えろ!」

「仕方ないじゃないですか、慣れないものは慣れないんだから」

「ったく……来い」



すると千冬さんは私の腕を引き、近くの空き部屋へと入った。その客室は今日は宿泊予定はなく、がらんと静かな空気が漂う。

つけられた電気と、ガチャンッとかけられた鍵。ふたりきり、という空気に先ほどのこともあって少し身構えてしまうけれど、彼は至って自然体のまま。



「来い。俺が直してやる」

「え?着付け、出来るんですか」

「一応な」



呼ばれるまま部屋にあがり和室の真ん中に立つと、千冬さんは私の帯を外し、上衣の形を整える。


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