恋宿~イケメン支配人に恋して~



「八木さん、千冬さんを呼んでくれてありがとうございました」

「ううん。大変だったみたいだね、大丈夫だった?」

「はい、なんとか」



先ほどのことで八木さんにお礼を言うと、その視線は何かに気付いたようにとまる。



「あれ、理子ちゃん目元のメイクにじんでる」

「え?あ……さっき、」

「もしかして泣いちゃった?あのお客様、やっぱり怖かったよね。よしよし」



泣いてしまった時にくずれてしまったのだろう、よれてしまったアイラインからなにがあったかをさとると、八木さんは彼女と比べると少し低い位置にある私の頭をよしよしと優しく撫でた。



「あら、千冬くんシャツに汚れついてるわよ」

「汚れ?」

「ほら、ちょうど真ん中のジャケットから見えるところに……あ」



一方でおばさんたちは千冬さんのシャツについた黒っぽい汚れに気付くと、それと私のよれたメイクとを交互に見てなにかを察した様に、にやーと笑う。



「あら~?もしかして千冬くん、理子ちゃんを……あら~?」

「なっ!?いや、そういうのじゃなくてっ……」

「照れない照れない!そりゃあ可愛い子が泣いちゃったら抱きしめたくもなっちゃうわよねぇ~」

「誤解ですから!!」



先ほどまでの威厳はどこへ行ったのか、からかわれ必死に否定し、更にからかわれる千冬さんに皆はあははと笑う。

にこやかな、明るい空気。それは千冬さんや皆、これまでここを支えてきた人たちがいたからある景色。

そのしあわせに、こころがまた温かくなる。



「っ……あははっ、」



つられて笑う私に、深夜の旅館の一室にはより一層大きな笑い声が響いた。






< 140 / 340 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop