恋宿~イケメン支配人に恋して~
千冬さんとふたりで町にって……これって、デート?
いやいやいや。ガイドだ。そして私はただの観光客だ。意識しない、意識しない……。
自分の部屋の鏡の前で、そう深呼吸をして着替えを終え、束ねていた髪もほどく。
……変じゃ、ないよね。
白と紺のボーダー柄のトップスにグレーのカーディガン、ミントグリーンのスキニーパンツ……鏡に映る自分の姿を確認して「よし」と部屋を出た。
「……お待たせしました」
「あぁ。……」
千冬さんの待つ旅館の裏口へと向かうと、彼はじっとこちらを見る。
「なんですか、よく見たりして」
「いや……そういや私服姿見るのも珍しいと思ってな」
「……私服姿、意外ですか」
「意外性があまりにもない無難な私服で寧ろ驚いた」
って、そっちかい。別になにか言葉を期待していたわけじゃないけどさ。
元々愛想のない顔で睨むようにじっと見る私に、千冬さんはふっと笑って歩き出す。
「行くぞ」
「……はーい」
歩きながらちら、と見れば、隣をスタスタと歩く彼。その体は全体的に細く、スーツ姿の時より華奢な人だと感じた。
雰囲気も……いつもより心なしか柔らかく感じる。
今日の彼は“支配人”ではなく普通の30歳の男性だと思うと、また意識してしまう自分がいて、隣を歩くのが少し恥ずかしい。
「そういや、元彼からはあれ以来連絡ないのか?」
「へ?あ、はい。連絡もないですし、私もすっかり吹っ切れました」
「そうか。なら心置きなく楽しめるな」
笑みを見せる彼のその言葉は、きっと『嫌なことなんて忘れて楽しめばいい』という意味だろう。
ここへ来たきっかけは悲しい気持ちからでも、今の私の目にはまた違う気持ちで映るだろうから。
「……はい、」
まっさらな、気持ちで。