恋宿~イケメン支配人に恋して~
「じゃあ、俺たちも次行くぞ」
「そうですね」
「次は……あ、理子。ちょっと待て」
「へ?」
お饅頭を食べ終え、早々に歩き出そうとした足がふと止められる。
そして彼は何かに気付いたようにこちらへ右手を伸ばすと、私の口の端を親指の腹でそっと撫でるようにして、なにかを拭った。
「餡、ついてたぞ」
「へ?餡?あっ!」
今のお饅頭の……!口の端についていたんだ、恥ずかしい。
「ははっ、子供かよ」
いい歳して口の端に食べ物をつけていた私がおかしかったのだろう。声を出して笑うその笑顔に、つい心がキュンと鳴る。
ふ、不意うちに触れて、笑顔を見せるなんて反則……!
って私、なにちょっとときめいたりしているんだか。私服姿のせいでいつもほど厳しく見えないからって意識しすぎ。
心のなかでそう否定して、また歩き出す。
すると今度は、石段になにやら文字が彫ってあるのが目に入った。
「あれ……千冬さん、あれってなんですか」
「あれ?あぁ、与謝野晶子の詩か」
与謝野晶子……って、詩人だっけ。学生の頃授業で聞いた名前ではあるけど、どんな人かはいまいち覚えていない。
そんな私の頭の中を察したらしく、千冬さんは石段の方を見つめ口を開いた。