恋宿~イケメン支配人に恋して~
「『榛名山の一角に、段また段を成して、羅馬時代の野外劇場の如く、斜めに刻み附けられた。桟敷形の伊香保の街』……まぁつまりは、与謝野晶子がこの温泉街の景色を見て書いた詩ってわけだ」
「へぇ……本当、歴史が深い街なんですね」
「お前本当に何も下調べなしで来たんだな」
「はい。ネットとかチラシで景色だけ見て、景色に惚れてここにしようって決めたので」
あ、しまった。こんな言い方をしたら『単純だな』とバカにされるか『そんな理由で?』と呆れられるかもしれない。
他にもなにか理由をつけるべきだったかも、そう思いながら隣の彼を見る。
「……そうか」
けれど、小さく呟いた表情は予想したものとは違う。嬉しそうな、目を細めた笑顔。
「『景色に惚れた』って言うのは、地元の人間にはこれ以上ない褒め言葉だな」
「……そう、ですか?」
「あぁ。嬉しいよ」
……意外。千冬さんもこうやって、子供のように喜んだり、微笑ったりするんだ。
『嬉しい』って、優しい笑顔で。
その反応になんだかこちらが照れてしまい、ぽっと赤くなる顔を隠すように、私は顔を背けてまた石段をのぼり始めた。