恋宿~イケメン支配人に恋して~
「はー……涼しい」
少し冷たい風が気持ちいい……空気も澄んでいて心地いいなぁ。
のぼってきた石段のほうを見れば、さきほどはのぼるのに必死で気付けなかったけれど石段の下には伊香保の街の景色が広がっている。
「ほら、お茶」
「え?あ……すみません」
私が一息つく間に近くの自販機で買ってきたらしい、小さなペットボトルに入った冷たいお茶を差し出す。
「……なんか、今日は優しいですね。気持ち悪い」
「……やっぱなし。お茶没収」
「あー!すみません、嘘です!」
慌てて手を伸ばすと、彼は「ったく、」と一度引っ込めたボトルを手渡した。
遠慮なくそれを受け取りすぐに飲めば、冷たいお茶が渇いていた喉にじんわりと染み込む。
「おいしい……」
「若者がちょっと石段上ったくらいで疲れすぎだろ」
「だからあれはちょっとって言いませんって」
でも、そうバカにしながらもこうやって気遣うようにお茶買ってきてくれたりするんだもんなぁ……。やっぱり、ちょっと調子が狂う。
だけど支配人として厳しい彼の、素の優しさを垣間見た気がしてやっぱりうれしい。
緩みかける頬をこらえ、またお茶をぐいっと飲む私の隣で、彼も自分の分のお茶を一口飲んだ。
「……」
ほんの少しの無言の空気。それが不思議と気まずいとかそういった気持ちはなく、落ち着きさえ感じてしまう。
そんな中小さく響いた音に目を向ければ、先ほど目に入った絵馬掛所には30代くらいだろうか、夫婦が絵馬をかけ手を合わせていた。
「……よし、これで完璧。神様、元気な赤ちゃんをお願いします」
「叶ったら今度は、子供も連れてお礼しに来ような」
「うん」
子宝に恵まれるよう、二人で願掛けをしているのだろう。優しく穏やかな空気が、二人の声からは伝わってくる。