恋宿~イケメン支配人に恋して~
「ばあちゃんは典型的な嫌な姑だったんだと。母さんが嫁に来た途端『早く跡継ぎを見せろ』ってプレッシャーかけて、ようやく出来たっていうのに女かもしれないってなったら『あんたたちの代でここを潰す気か』って罵って、嫁いびり」
「う、うわぁ……」
「ストレスで流産させるのが狙いだったんじゃないかって」
千冬さんのお父さんのお母さん……となればあの旅館の先々代の女将になるわけだ。
旅館を支え引っ張ってきた人なのだから、跡継ぎを気にするのも当然といえば当然だし、旅館に嫁に来るということはそういうことがあると千冬さんのお母さんも覚悟の上だったかもしれない。
けど、それにしたってひどすぎる。
「でも、お母さんはそれに耐えたんですね」
「あぁ。寧ろいびられたことで『負けてたまるか』って気持ちが強くなったって言ってたな」
自分たちに宿った命を、お腹の中の子供を守るために強くなる。
それは女性としては自然なことかもしれない、けど簡単なことじゃないということも分かる。
手元のボトルに視線を落とす千冬さんの真っ黒な髪を、風が優しく揺らした。
「『この子のためなら何だって耐える。千年の冬すらも越えてみせるって思った』……だから、“千冬”なんだと」
「千年の、冬……」
長く、つらい時間。まるで春を待つようなその日々を、冬と比喩したのだろう。
そんな日々を越えて生まれた彼と、出会った日のお母さんの心を思ったら、どれほど幸せだっただろう。