恋宿~イケメン支配人に恋して~
「……素敵なご両親ですね」
「毎日旅館の仕事で忙しくて、まともに構ってくれなかったから、ガキの頃俺は旅館も両親も嫌いだったけどな」
「あ……だから旅館を継ぐのが余計嫌だったとか」
「そ。俺は子供にそんな思いさせたくないって、そういう気持ちもあった」
そういえば以前話をしたとき、跡を継ぐのが嫌で東京に出たって言っていた。
それは、反抗心と自分の感じた寂しさからの行動だったんだ。
「東京に行くの、ご両親は反対しなかったんですか」
「あぁ。『やりたいことがあるなら、自分の行きたい道を歩けばいい』って笑って送り出してくれた。……結局、俺は何も見つけられなかったけど」
こぼされた乾いた笑い。だけど、視線を落とすその目は笑ってはいない。
「……ふたりが居たら俺はここを継いでいたかすら分からない。けど、時々『もしも』って想像することがある」
「もしも?」
「もしも、ふたりが生きていて俺が自然と旅館を継ぐ気持ちになれていたら。少しは親孝行出来ていたんだろうか、って」
『もしも』、それは想像であり、きっと願い。
叶うことはない。だけど、その心に強く残る願い。
「……もう少し、生きていてほしかったな。立派には程遠いかもしれないけど、なんとか精一杯やってるところ見ててほしかった」
『生きていてほしかった』
事故で突然亡くした命。それは、今日も明日も当たり前にあると思っていた命。
その悲しみがどれほどのものか、私には想像もつかない。
千冬さんのご両親が、最期になにを思ってなにを願ったか。予想も出来ない。
だけど悲しいとか寂しいとか、終わりのない気持ちのなかに、千冬さんはふたりの、ふたりは千冬さんの、笑顔と幸せを思い浮かべただろう。
大切な人の、幸せを願っただろう。
「っ……」
それらを思っただけで、込み上げてくるのは、涙。