恋宿~イケメン支配人に恋して~
「っておい、なんでお前が泣き出すんだよ」
「っ……泣いてません、これは……汗です、石段、のぼったからっ……」
「汗って……」
下手くそな誤魔化し方に、千冬さんは困ったように笑う。そんな彼の大きな手を、私は右手でぎゅっと握った。
「……見てます、ふたりとも」
「え?」
「空の上から、千冬さんを見てますよ。『頑張ってるね』って、笑ってます、絶対」
「……」
だから、寂しくないよ。親孝行出来なかった、なんて思わないで。
今この街で、千冬さんが笑っている。
それだけで、きっとふたりも笑ってくれるから。
「……だな」
堪えきれない涙を膝にポタポタとこぼす私に、千冬さんは笑って空いている左手でそっと涙を拭った。
私が泣きやみ帰る頃にはもう夕方になっていて、オレンジ色に染まる街を見下ろしながら、帰り道を歩いた。
ふたりの手はつながれたまま、長い道を一歩一歩。
私の手を包む大きな手から伝わる熱が、ドキ、ドキ、と心臓を鳴らしてまた彼との距離を近付ける。
縁結びのご利益か、ノスタルジックなこの街が気持ちを高めさせるのか。
分からないけど、想うことはただひとつ。
この手を、ずっと繋いでいたい。あなたの、熱く大きな手を。