恋宿~イケメン支配人に恋して~
俺の家は昔から、ここ伊香保の街の片隅で『新藤屋』という旅館をやっている。
決して高級感があるわけでも、大きいわけでもない旅館。けれど昔から続く、いわゆる老舗というもので歴史と信頼を背負っている店だ。
元々は跡を継ぐ気などなかったものの、不慮の事故で亡くなった両親の代わりに引き継ぐこととなった旅館。
最初は不慣れなことばかりで、思わぬアクシデントやいろいろと事も起こり大変だった。正直、投げ出したくもなった。
けれど、なんだかんだでようやく落ち着いてきた日々に、やりがいを感じていることも事実だ。
旅館の別館、4階にある一室。客室と大差ないつくりのこの部屋は、俺専用の仮眠室だ。
毎日旅館にいるのも息が詰まるからと外にアパートも借りている……が、夜は遅く朝は早くの日が続けばいちいち帰宅するのも面倒で、結局ほとんどこの部屋にいる。
……家賃が勿体無い気もするが、仕方ない。
そんなことを考えながら、身支度を終えた俺がいつものように黒いスーツでやって来たのは、旅館本館にある大きな広間。
「おはよう」
「千冬さん、おはようございます」
そこでは中心となって仲居を動かす八木を中心に、早番の仲居たちが早くも朝食の準備を始めている。