恋宿~イケメン支配人に恋して~
「千冬さん、昨日も夜中まで出てたみたいですけど大丈夫ですか?」
「あら、あんまり寝てないんじゃないの?仕方ないわね、おばちゃんが添い寝して……」
「いや、結構です」
まるでコントのようなやりとりに、まだ朝早くだというのに元気な笑い声が廊下に響いた。
今いる仲居の半分ほどは、自分の親の代から働いてくれているおばさんたちで、彼女たちはまるで親のようなところがある。
よく喋って噂好き、押しが強く30になる俺に対してもまだ子供相手のような扱いをする。
時にはその性格に困ることもあるけれど、そんな周りの支えもあるからこそ、ここをやっていけるのだとも思う。
「あれ、そういえば……一人姿が見えないですけど」
「えっ!?あー……」
ふと気付いて辺りを見渡す俺に、その場にいる全員は揃って『まずい』といった表情になり、俺と目を合わせないようにあさっての方向を見た。
その反応から察することは、ひとつ。
「……あいつ、寝坊ですね?」
先ほどまで笑っていた皆が一気に気まずそうな引きつった顔になるのが、なによりの証拠だ。
俺は来た方向へ足の向きを変えると、再び別館へと戻る。