恋宿~イケメン支配人に恋して~
『1ヶ月連泊の客?』
『はい。なんでも急な予約で……ひとりで1ヶ月丸々宿泊したい、と』
なんとも妙な客が来る、とフロントの大渕から聞いたのは先月の末のこと。
暇な時期だから、急な予約は別に構わない。が、聞けばまだ23歳の若い女がひとりで1ヶ月だという。
三泊以上泊まる客自体珍しいなかでのそんな客に、どんな女かと思えば……これまた普通の女だったものだから、俺も仲居も全員少し驚いた。
……まぁ、そいつがまさか旅館の中でも高価なほうの花瓶を壊すとは夢にも思わなかったが。
それが今から俺が叩き起こしに行く女・吉村理子だ。
無愛想でふてぶてしい、やる気も見えない若者、といった印象だった理子。
けれどなりゆきとはいえうちで半月以上を過ごすうちに、最初は見つけられずにいた“自分にできること”を見つけられたのか、日に日に仕事ぶりは良くなってきた。
相変わらず愛想がいいほうではないけれど、以前より顔つきがいいのは明らかで、本当は気になったらとことん気になるタイプ。言われたことはきちんとやるほうなのだろう。
ただ、いろいろと不器用なだけで。
……とまぁ、最近そこそこ見直したかと思えばこれだ。寝坊、遅刻。
昨日も遅くまで働いていたのだから仕方ないと思ってしまう判明、300万の弁償分の働きをさせるべきだと思う支配人としての自分がおり、やってきた理子の部屋・3階の従業員用宿泊室のドアを容赦無く開けた。
「おいコラ!お前いつまで寝て……」
すると目の前にいたのは、布団でぐっすり眠る理子……ではなく、肌襦袢を着て丁度着物に手をかけようとしていた、着替え中だったらしいその姿。
予想もしていなかった光景に、驚き固まる俺に、同じく一度固まっていた理子はみるみるうちに顔を赤く染める。