恋宿~イケメン支配人に恋して~
「おはようございます、失礼致します」
食事を運び、お客様ひとりひとりに声をかけ、愛想はやはりあまりないものの聞かれたことには精一杯答える。
見た目では誤解してしまうあの不器用さが、あいつの持つ“味”なのだと思う。
頑張って着付けしているのだろう淡い緑の着物、束ねたまだ茶色いままの髪。気を抜くと猫背になりがちな背中に、少し曲がった帯。
それは、仲居としてはまだまだな身なりだけれど、段々と正しい形でその体に馴染み、この先を期待させる。
「あら千冬くん、理子ちゃんのことばっかり見て……ゾッコンねぇ~」
「は!?」
無意識に目が向いていたのだろう。廊下から広間の中を見ていた俺に、仲居の中でもベテランでよくしゃべる箕輪さんはうふふと笑う。
「ゾッコンって……古いです、言葉が。ていうか別にそうじゃないですから。変な勘繰りやめてください」
「もう照れちゃって!この前もふたりで手つないで街歩いてたって、石段街の子から情報流れてきたわよ!」
「なっ!?」
いつの間に!?
山を超えて流れてくる情報の恐ろしさに、驚きつい否定出来ずにいると、箕輪さんはますます楽しげに笑う。