恋宿~イケメン支配人に恋して~



「おはようございます、失礼致します」



食事を運び、お客様ひとりひとりに声をかけ、愛想はやはりあまりないものの聞かれたことには精一杯答える。

見た目では誤解してしまうあの不器用さが、あいつの持つ“味”なのだと思う。



頑張って着付けしているのだろう淡い緑の着物、束ねたまだ茶色いままの髪。気を抜くと猫背になりがちな背中に、少し曲がった帯。

それは、仲居としてはまだまだな身なりだけれど、段々と正しい形でその体に馴染み、この先を期待させる。



「あら千冬くん、理子ちゃんのことばっかり見て……ゾッコンねぇ~」

「は!?」



無意識に目が向いていたのだろう。廊下から広間の中を見ていた俺に、仲居の中でもベテランでよくしゃべる箕輪さんはうふふと笑う。



「ゾッコンって……古いです、言葉が。ていうか別にそうじゃないですから。変な勘繰りやめてください」

「もう照れちゃって!この前もふたりで手つないで街歩いてたって、石段街の子から情報流れてきたわよ!」

「なっ!?」



いつの間に!?

山を超えて流れてくる情報の恐ろしさに、驚きつい否定出来ずにいると、箕輪さんはますます楽しげに笑う。


< 165 / 340 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop